第26回日本緩和医療学会学術大会 共催セミナー1
腹水症でお困りではないですか?
~悪性腹水患者のQOL改善へCARTが果たす役割~
座 長
庄 雅之 先生
奈良県立医科大学 消化器・総合外科学教室
演 者
岩城 隆二 先生
市立東大阪医療センター 緩和ケア内科
緩和ケアにおける悪性腹水と症状緩和に対するCARTの現状
緩和ケアにおける重要な治療として腹水の治療があります。悪性腫瘍の影響によって生じた悪性腹水はがん患者さんのADLやQOLを著しく低下させるだけでなく、治療期の患者さんの全身状態を悪化させ、抗がん剤治療の中止につながる要因の一つになっています。利尿薬が無効となる場合が多く、悪性腹水を合併した場合平均予後は4ヵ月ともいわれています。
腹水の治療として食事療法や利尿薬、腹腔穿刺ドレナージ、腹腔静脈シャント、腹水濾過濃縮再静注法(CART)があります。CARTは1973年に山崎らによって開発され、1981年に難治性胸水・腹水症に対して保険承認された治療法です。肝硬変による難治性腹水症を中心に実施されてきましたが、近年、がん患者さんの増加に伴い悪性腹水にも実施され、各施設から多くの報告が出てきています。また、日本緩和医療学会、日本婦人科腫瘍学会、日本消化器病学会・日本肝臓学会のガイドラインでも取り上げられています。
市立東大阪医療センターにおけるCARTの実際
市立東大阪医療センターは全36科の総合病院です。病床数は520床、緩和ケア病棟は25床で、地域がん診療拠点病院、地域医療支援病院などの役割を担っています。
院内連携
外来患者さんは外来主治医から当科の緩和ケア外来に院内紹介され、症状や全身状態などをみてCARTの適応があれば主科に入院していただいて当科がCARTを施行します。退院後は外来主治医にお返しして診てもらっています。
入院患者さんは入院主治医から緩和ケアチームに症状緩和の介入依頼を出していただいて、チームで介入します。CARTの適応を判断後、主科に入院のまま当科でCARTを施行し、症状緩和後に入院主治医に治療の継続をお願いしています。
病診連携
在宅医から緩和ケア外来に紹介していただき、CARTの適応のある患者さんは当科に入院していただいてCARTを施行しています。退院後は再度在宅医にお返しして診ていただいています。
当院のCARTは基本的に2泊3日の入院で対応しています。入院日には血液検査、レントゲンや腹部エコー、腹部CTなどで全身状態の評価を行い、脱水などがあれば点滴を行っています。2日目にCARTを行います。CARTは医師、看護師、臨床工学技士などが連携したチーム治療で行います。点滴を行いながらカテーテルを用いた腹腔穿刺ドレナージで腹水をできる限り回収し、濾過濃縮処理後に腹水の再静注を行います。3日目に血液検査を行い、合併症などを認めなければ退院としています。
がん患者さんの腹水貯留による腹部膨満症状に対して、当科が症状緩和目的でCARTを行った症例をカルテデータより後方視的に検討しました。 39例に対して延べ62回のCARTを施行しました。年齢は34歳~92歳で、平均年齢は63.7歳でした。
原疾患は胃がんが9例と多く、膵がん、卵巣がん、乳がん、原発不明がん、胆管がんと続きます。
施行時期については、当科が緩和ケア内科であることから、Best Supportive Care(BSC)の患者さんが多い(51回)ですが化学療法中(9回)や治療前(2回)の診断直後の患者さんの症状緩和目的でのCARTも施行しています。
結果
回収した腹水は平均で6.6kg、濾過濃縮後の再静注腹水は平均で667gでした。腹腔穿刺ドレナージに約2時間、濾過濃縮処理工程に平均77分、腹水再静注には100mL/時間投与で約5~6時間要しました。
濾過濃縮後の腹水中総蛋白は平均で95.0g、アルブミンは平均で51.7g回収できました。これはアルブミン製剤約4本分に該当します。
CART前後の腹囲・大腿・下腿周囲、食事摂取量の変化
CART前後で腹囲だけでなく両大腿・両下腿周囲の有意な減少を認めました。
CART前後で食事摂取量の有意な増加を認めました。
** : p<0.01、*** : p<0.001
Wilcoxon signed-rank test
CART前後の体温、血圧の変化
再静注前にはステロイドを投与していますがCART後に有意な体温上昇を認めました。
腹水穿刺中や再静注中に血圧の有意な低下を認めましたが、いずれも臨床的に問題となるものではありませんでした。
* : p<0.05、*** : p<0.001
Wilcoxon signed-rank test
CART前後の総蛋白、アルブミン、クレアチニン、CRPの変化
CART前後で総蛋白、アルブミン、クレアチニン、CRPの変化は認めませんでした。
n.s. : not significant
CARTは腹水を全量抜いて、総蛋白、アルブミン等を濃縮し患者自身に戻すことができるため、がん患者さんのADL、QOL向上に大きく貢献できる治療法です。多くの医療者にCARTを理解していただき患者の病状にあわせ、治療の選択肢として考慮していただくことが大事です。
緩和ケア病棟でCARTを実施した場合の診療報酬算定が可能になれば、さらに多くの腹水貯留に難渋するがん患者さんの症状緩和が行えるのではないかと考えます。
Q&A
Q:セミナーの主題である「悪性腹水患者のQOL改善へCARTが果たす役割」について、先生のお考えをお聞かせください。
A:腹水貯留で食事がとれなくなったがん患者さんに腹水を全量抜いてCARTを行うと、「もう食事ができないと思っていたのに食べられるようになった」「QOLが上がった」と大変喜ばれます。腹水穿刺排液のみでは腹水を全量抜くことが難しいと思いますので、その点からもCARTがQOLの向上に役立つ治療法ではないかと考えています。
Q:私はCARTをBSCよりもう少し早期から行っており、積極的に化学療法を継続する手段と考えています。先生は化学療法中や治療前の患者さんへのCART実施についていかがお考えでしょうか。
A:少数の症例ではありますが治療前や化学療法中の患者さんにも複数回施行できています。腹水貯留によるPSの悪化で治療を断念される患者さんに対しては、CARTを施行することによって再度化学療法が可能になるという症例もあると考えています。
総括
地域がん診療拠点病院、また地域医療支援病院として連携のお話からCARTの詳細なデータ報告をいただきました。私は膵がんが専門なのですが、以前は膵がんで腹水が貯留してくると、もう化学療法は無理という感じがありましたけれど、CARTの治療を取り入れてから化学療法継続の可能性を実感しています。CARTと化学療法の組み合わせにより、患者さんのQOLはもちろんですが予後延長により貢献できればと考えます。今後CARTのエビデンス取得とCARTに対する理解の周知を行うことで、がん治療がまた一つ進むのではないかと思います。
庄 雅之 先生