第27回日本緩和医療学会学術大会(2022年7月開催)ランチョンセミナー14
腹水症でお困りではないですか? ~CARTの工夫大病院から地域連携先まで~
座 長
庄 雅之 先生
奈良県立医科大学 消化器・総合外科学教室
演 者
山﨑 圭一 先生
ベルランド総合病院 緩和ケア科
腹水濾過濃縮再静注法(CART:Cell-free and Concentrated Ascites Reinfusion Therapy)は腹水を患者さんから採取した後に、腹水濾過器で細菌 やがん細胞、血球等を除去し、腹水濃縮器で水分を除き、アルブミン等の 蛋白成分を患者さん自身に戻す治療です。腹水濾過器の最大孔径が0.2μm なので、悪性腹水中に含まれる細菌やがん細胞は除去され再静注されること はありません。
CARTの施行状況:NDBデータによると、CARTは2016年度入院で 約26,400件、外来で約2,000件、2019年度入院で約29,300件、外来で 約2,200件と近年施行数が増加しています。
エビデンスがないとCART施行するのはダメ?
EBM(根拠に基づく医療)を構成する要素として次の3つがあげられます。一つ目は手術の手技や診察方法、コミュニケーション能力等 の「医療者の専門性」、二つ目は一般的にエビデンスと言われている「科学的データ」、三つ目が個人の尊重・価値観・生活の質である「患者の 希望・価値観」です。それぞれの円の交わった所が最善の医療になると考えられています。
早期がんの場合、「医療者の専門性」および「患者の希望・価値観」は治療を目指す方法・共通の目的を示し、一定の大きさの円になります。 一方、「科学的データ」は確立したエビデンスとそれに基づいた治療選択肢の推奨がガイドラインで検討されているため、EBMに占める 割合が先の二つに比べ大きくなります。交わった箇所、つまり最善の医療は、再発を減らし、治癒を目指すことです。
進行・再発がんの場合、早期がんに比べ、EBMに占める「科学的データ」は限定されたものになるため円が小さくなり、患者との適切な コミュニケーションや全身状態のケア・予後の評価が重要な「医療者の専門性」と患者個々の時間・環境・情報等の変化に基づく「患者 の希望・価値観」の占める割合が大きくなります。この交わった箇所、つまり最善の医療はがんとより良い共存を目指す治療の姿、 Narrative-based Medicine(患者さんの語りに基づく医療)です。
エビデンスがないからCARTはやっては駄目なのかというときに考えて欲しいのがこのNarrative-based-Medicineです。つらい 患者さんに私たち医療者が手を差し伸べること、それが緩和ケアであり、我々が提供できるベストではないがベターな治療、その一つが 悪性腹水で難渋している患者さんへの腹水濾過濃縮再静注療法(CART)ではないかと思います。
現状のCARTに関するエビデンス
現状のエビデンスをまとめたものとして2,567名の患者にCARTを6,013回施行したCARTのメタアナリシスによるシステマティック レビュー1)が報告されています。HanadaらはCARTを施行した場合、次の穿刺までの平均日数が20.7日であったと報告しています2)。 一般的に腹水穿刺のみの場合は、次の穿刺までの平均日数が10~14日であることから、穿刺回数を約2倍に延長する可能性が示唆されました。 またCART施行によって、患者の体重と腹囲の減少、アルブミン値(Alb)と総蛋白(TP)の上昇、パフォーマンスステータスの改善、症状の 緩和が報告されていることから、CARTは悪性腹水に対する有用な治療法である可能性があると示唆されました。
2022年現在、「胃癌治療ガイドライン 医師用2021年7月改訂 第6版」「腹膜播種診療ガイドライン2021年版」「卵巣がん・卵管癌・腹膜癌 治療ガイドライン2020年版」「がん患者の消化器症状の緩和に関するガイドライン2017年版」「肝硬変診療ガイドライン2020 改訂第3版」 など様々なガイドラインに掲載されている治療となります。
CART施行症例における検討 ~CART後生存期間21日未満群と以上群の比較~
2019年4月から2020年3月、当院緩和ケア病棟でCARTを施行した111例 のうち、血液データの解析可能な32例について、初回CART施行後、生存期間 21日未満群と、21日以上群で比較検討しました。
CART施行回数は、21日未満群で1回、21日以上群で2回でした。
CART前とCART施行1週間後血中のTP、Alb、プレアルブミン値(pre Alb) の変化を生存期間群間、およびそれぞれの群におけるCART前と1週間後で 検討しました。
いずれの項目も生存期間群間で有意差は認められませんでした。
また、CART前と1週間後においても有意差が認められず、いずれの群でも TP、Alb、pre Albともに維持された結果でした。
今回、予後が比較的厳しい緩和ケア病棟でのCARTにおいてもCARTの 回数やCART後の生存期間に関連せず、血中のTP、Alb、pre Albの維持 または低下の幅を小さくできる可能性があることが示されました。
まとめ
CARTは腹水貯留における腹部膨満感を緩和する治療 の中心になると考えています。患者にとって腹水貯留は とても「辛」い症状です。「一」人でも多くの患者に手を 差し伸べることで、患者を「幸」せにすることが緩和ケアと 考えています。CARTは、安全で有用な治療法で患者の 緩和ケアの一翼を担えるものだと期待しています。
Q&A
Q1:CARTで特に懸念される発熱に対する対処法を教えてください。
A1:当科(緩和ケア科)では再静注時の37℃以上の発熱は 経験しておりません。一般的に100mL/hで再静注を している施設が多いと聞いておりますが、当科では 再静注時の投与速度を80mL/hと少し遅くすることで、 発熱をコントロールしています。仮に発熱が起こった 際は、解熱剤として、NSAIDs、アセトアミノフェンを 投与、予防する場合はステロイドを事前投与すれば 問題ないと思います。
Q2:穿刺の場合、具体的に何ゲージの針を使用していますか?また穿刺排液量はどうされていますか?
A2:20ゲージの留置針で穿刺し、排液が出なくなるまで待って抜針します。排液量は決めていません。 バイタルも安定して穿刺排液ができています。
参考文献
1) Chen et al. Cancers 2021;13(19):4873
2) Hanada et al. Support Care Cancer 2017;26:1489-1497
総括
緩和ケア領域における腹水治療でのCARTの位置付けや施行時の工夫および症例提示をして頂きました。実際に発熱を懸念 されている先生方も多い中で、再静注のスピードをコントロールされたり、発熱の対策等の工夫点等非常にためになる発表だったので はないでしょうか。またCART施行1週間後でも血中のアルブミン値、総蛋白、プレアルブミン値維持もしくは減少幅を抑える可能性が あるという点も非常に興味深く聞かせて頂きました。化学療法との併用も含め、緩和ケア領域だけでなくCARTがさらに広まるように エビデンスの構築を進めていければと思います。
庄 雅之 先生